漢中の観光スポット紹介

陝西省の南端、四川省と甘粛省と接する漢中は人口約380万人、北は秦嶺山脈、南は巴山、その中に長江の支流である漢江が東西に流れ漢中盆地を形成していて、水も豊かで【西北の小江南】とも言われています。 西安より秦嶺山脈を超え漢中にたどり着くと、そこは既に荒涼とした茶褐色の景色では無く、緑豊かな四川省の風景に似ていることに気づくかと思います。 緑豊かな漢中の原始林の中にはパンダ、トキ、キンシコウなどの希少動物も生息していることで知られています。
そんな漢中は三国時代に劉備の支配圏となり、劉備の死後は、丞相諸葛亮が漢中に駐屯し、北伐の拠点としていたことなどから、現在でも三国時代の見所の多い場所として知られています。

漢中博物館

1959年にオープンした漢中博物館は陝西省10大博物館に選ばれる、貴重な歴史文物を多く展示する博物館です。 館内には石門漢魏十三品、古褒斜桟道、漢中漢代史迹、漢中宋墓出土文物、古代名人字画、館藏宗教造像芸術、漢中近代革命史迹などのコーナーが設けられています。     収蔵物は12000点ほどで、そのうち537点は上等級文物とされています。

古漢台

覇王(項羽)によって西方の漢中へ左遷(劉邦を「左に遷す」と言ったことから、これが左遷の語源になったと言われている。)され漢王となった劉邦が使用した宮廷です。 BC206年に建てられ現存は高さ7m、面積7600u(元々は4万u)あり、人口的に土を盛って作った典型的な秦漢台宮廷様式です。宋代には南北建築の特徴を持った望江楼も建てられました。

武侯祠

263年に建立された中国最古(成都よりも50年早い)の武侯祠で南北200m、東西120m、7つの庭と54の部屋、亭台楼閣などがあります。 また、壁には三国志を題材にした様々な壁画が描かれています。 都に建立が許されなかったため墳墓に近いこの場所に建立されました。

武侯墓

諸葛亮の「死んでもなお曹魏から蜀を守る」という遺言により、戦略の要衝であった定軍山の麓に、亡くなった時のままの衣服を着て葬られていると言われています。 敷地内には、明清代の建築物が70以上、また1000年以上の樹も40株(内22株は樹齢1700年以上、漢代のものは2株)有ります。 また、墓所周囲の建物の中で、蜀ゆかりの人物や話が蝋人形や絵を使って説明されています。

定軍山

標高約800mの定軍山は三国時代には重要な拠点として魏の曹操と蜀の劉備により激しい争奪戦が繰り広げられた場所です。1年以上の両軍睨み合いの末、 218年、蜀の黄忠が定軍山を見下ろせる天蕩山を奪い、魏の夏候淵を破り蜀が勝利しました。

褒斜桟道

関中と漢中に繋がる桟道(全長約230km)で楚漢の攻防時には劉邦や韓信が“明修桟道、暗渡陳倉”を行い、 孔明の北伐時には陳倉や五丈原までのルートとなった桟道です。現在、桟道が復元されておりますが、当時は復元されたものより幅は狭く、余りの危険さにより 逃げ出すものも多かったと言われています。

石門トンネル

褒斜桟道に造られた人類最古の人工通車トンネルです。トンネル内には摩崖石刻が多くありましたがダム建設時に漢中博物館に移されました。 移転された石刻の内、特に素晴らしいと言われる石門十三品は、漢中博物館の目玉ともなっています。

張騫墓/張騫博物館

武帝の命により、匈奴を挟み撃ちにするための同盟を結ぶため大月氏へ向かった張騫の墓です。西域に関する多くの情報をもたらした張騫の像や彼のゆかりの 品を展示した博物館を併設しています。

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