トルファンの観光スポット紹介

トルファンはかつてシルクロードの天山北路と天山南路がぶつかる交差点として栄えた有名なオアシス都市です。 郊外には今なお数多くの古代遺跡が残り、イメージするシルクロードに近似する場所でもあります。 古来は「火州」と呼ばれ、夏の酷暑は有名です。「西遊記」の中で孫悟空が芭蕉扇で火を消した話は火焔山がモデルになっております。
(前)漢の時代には交河故城を王城として車師前国がこの地を治めていました。唐代の玄奘三蔵は5世紀に成立した麹氏高昌国の政治、経済、文化の中心であった 高昌古城に2カ月間滞在し説法をしました。その後、唐はその高昌国を滅ぼしここに安西都護府を置きましたがやがて唐の勢力が地方にまで及ばなくなり、数々の民族の 支配を受けることになります。10世紀以降イスラム化が進み、現在は大変多くのウイグル族の方が暮らしております。蘇公塔やモスクなどからイスラムの雰囲気も十分に味わえる場所です。

火焔山

西遊記の中で孫悟空が芭蕉扇を借りて火を消したという話は、この火焔山がモデルになっています。 ひびの入った山肌が日に照らされると赤く炎が出ているように見えるところからこの名がつけられました。

交河故城

東西を2つの河に挟まれた台地上にあったため交河故城といわれます。 漢代の車師前王庭があった所であり、漢王朝の屯田地として、また辺境防御としての重要な役割を果たしていました。麹氏高昌国時代、中心は高昌故城に移りまいたが、交河故城は軍事的拠点として使用され続けました。 702年には最初の安西都護府がおかれ、唐の西域経営の中心となりました。ウイグル王国時代も重要な都市でありましたが、元代末期、チンギス・ハンの遠征の途中に破壊され、廃城となりました。

高昌故城

紀元前1世紀から14世紀の間、新彊における政治・経済・文化の中心地の一つでありました。 漢代には高昌壁が築かれたという記録もあります。5世紀、麹氏高昌国が成立し、以後640年に唐の太宗によって滅ぼされるまで、約140年間存続しました。 玄奘三蔵もインドに行く途中ここに滞在して説法をしたと言います。 9世紀末、唐が全面的に撤退した後、10世紀にはウイグル人の「高昌大王府」がおかれ、高昌故城はその後300年間ウイグル人の拠点として栄えましたが、13世紀にチンギス・ハンの遠征軍に襲撃され、廃墟となりました。

ベゼクリク千仏洞

装飾された家という意味を持つベゼクリク千仏洞。開削は6世紀の高昌国の時代から始まり、西ウイグル帝国が栄えていた時代を経て、宋・元の時代に至る14世紀ごろまで寺院として開かれていました。

蘇公塔

1779年にトルファン群の王スレイマンが父のオーミン・ホージャのために建てました。 高さは44メートルあります。

アスターナ古墳群

唐代高昌国貴族の御墓群です。古墳からは彩色泥俑・漆器・絹織物・文書・食料品などが出土しています。

カレーズ

トルファンは古くからこれを利用したオアシスとして有名。このカレーズを見学することも可能です。

葡萄溝

トルファンはブドウの有名な産地です。ブドウ棚で休憩しながら民族舞踏を鑑賞することもできます。

吐峪溝

火焔山の谷間にある古き良きシルクロードの雰囲気を残す村です。この村の主な見どころはモスクと 吐峪溝千仏洞ですが、日常の生活を見ることでかつてのシルクロードのロマンを感じるのも良いと思います。

トルファン博物館

新疆二大博物館の一つです。5000点余りの収蔵物があり、その内100点ほどは一級文物となっています。 前漢より唐代のシルクロードの栄えた1000年ほどの間の展示物が多く、80%以上はトルファンにて出土、発見されたものです。

アイディン湖

ヨルダンとイスラエルにまたがる死海に次ぐ世界で2番目に低地に位置する湖で、海抜はー154mです。 夏場は水が干上がります。

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