カシュガルという地名は古代イラン語、ペルシャ語では「玉の市場」、ウイグル語では「カラフルな煉瓦で出来た家」という意味があります。 シルクロードはここで天山南路の北道と天山南路の南道が再び交わり、そしてここから パミールを越えてインドへ、あるいは、西北に路をとりタシケント・サマルカンドへと続きました。 カシュガルは中国と西方諸国を繋ぐ重要な交通の要所でした。カシュガルに着くと、モスクから聞こえるアザーンの音、街を歩いている人々、 市場などの様子から日本人にとっては隣国の中国というよりももっと遠い国に来た感覚を持つことでしょう。

全新疆イスラム教徒の活動の中心地でもありす。1422年に建てられ、その後度重なる改修がなされました。
南北の長さは140メートル、東西の幅は120メートルで、総面積は16,800平方メートルです。正殿、外殿、経殿、中庭、ミナレット、ミナレット、正門の7つの部分に分かれており、新疆最大のモスクです。
正面の高さは12メートル、ミナレットは18メートルあります。
カシュガル旧市街の象徴として国内外で広く知られています。
壁には細かな文様が彫られています。
明朝正統年間(1436〜1449年)、カシュガルの君主シャクシェズ・ミルザがここに埋葬され、彼の子孫は、ここに小さなモスクを建てたことが始まりです。
ここで毎日礼拝時刻に流れるアザーンを聞くと、自分が異国にいることが実感できます。

エイティガール寺院の裏手には、職人街があり、広い道の両側に約1Kmに渡って延びる通りで、工房を兼ねたレンガ造りの店が建ち並び、靴・帽子・木工細工・楽器・金属製品など、 少数民族の人達の生活に必要なもののほとんどが職人の手によって作られていく様子を見ることができます。

2000年以上の歴史があるカシュガルのウイグル族の方の居住区です。ここは20余りの通りから形成される中国で唯一イスラム文化の特徴ある
開放的な観光地であると同時に、ウイグル族住民の生活の場でもあり、迷宮式居住区となっています。
「老城に行かなければカシュガルに行かなかったのと同じ」という言葉があるほど、
ウイグル族の家庭生活、民族習慣、伝統工芸、そして地元の珍味が凝縮されています。
あても無くここを歩いて、イスラム文化の生活をのぞいて見るのもよいでしょう。

16世紀末のイスラム教白帽派の初代宣教師ユスフ・ホージャとその息子アパク・ホージャや
その家族が眠る墓です。全部で5代、72人が眠っています。
58基の墓があり、北東隅に香妃(アパク・ホージャの孫娘)墓があります。ウイグル人であった香妃(本名はイバハーン)は乾隆帝の40人の妃の一人です。
遺骨は清東陵に埋葬されており、ここには彼女の遺品だけが残されています。
1874年には大規模な改修が行われ、中央アジア式となりましたが、1948年地震で損傷し、
1974年に修復されました。

カシュガルでカラハン朝の大侍従になったユスフ・ハズ・ジャジェブの墓です。 青のドームは、イランやウズベキスタンの有名なモスクのようです。 1540年代に洪水の脅威を避ける為、現在の場所に移されました。カラハン朝の歴史と文化を研究する上で重要な遺跡となっています。 青い瓦、白い壁、緑の窓枠が特徴的なイスラム様式の建物です。正方形の長い廊下と高いドーム天井からは、高貴で荘厳な雰囲気が漂っています。

いつも賑やかなカシュガルのバザールです。行きかう人、売られている物を見ると、そこはもう中国ではない気になります。
※2026年現在、改修工事中です。

以前カシュガルでは日曜バザールが有名でしたが、今はそのバザールも開催されなくなました。 現在は日曜日カシュガル郊外にてに毎週日曜日動物の売買が行われるバザールが開催されております。 駱駝なども販売されています。バザールが行われる日曜日には食べ物の屋台も出ています。

カシュガルからタシュクルガン・タジク自治県に向かう途中にあります。標高約8000メートルのムスターグ・アタ山の麓にあり
水は青く非常に美しい湖です。
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カシュガルよりカラクリ湖-タシュクルガンへ
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