ヤルカンドの紹介

莎車王陵、ヤルカンド

【ヤルカンドの概要】
タリム盆地の西端に位置するヤルカンドはカシュガル地区では67万人が暮らしています。 漢代には莎車国が置かれ、以降渠沙国、ヤルカンド・ハン国などが栄えた所です。 古代よりシルクロードの要所でインド方面へ向かう際には必ず通過しなければならない場所でした。 マルコ・ポーロも「東方見聞録」の中でヤルカンドに関し記述を残しています。




莎車王陵

ヤルカンド観光スポット、アルトゥンルク

1533年に建てられた、ヤルカンド・ハン国王の霊廟です。 旧市街と新市街の間、アルトゥンデルワズの北に位置すします。 西側のアルトゥン・ルク・モスク、東側のアルトゥン・プール、そして中央のアルトゥン・マザール(純金の墓の意)という、 一つのモスク、二つの陵墓という構造をしています。 陵墓の一つはヤルカンド・ハン国の建国者、サイード・ハンの物、もう一つは二代目国王 スルタン・アブドラ・ラシッドの王妃、アマニシャーハンものです。モスクはスルタン・アブドラ・ラシッドの建立です。  

巴依都瓦村祈富台

  ヤルカンド県阿勒郷の八邑巴村に位置します。この台は紀元前65年の前漢期に、ヤルカンド王万年によって造られ、現存のものは 清の乾隆帝年間に再建されたものになります。牌坊には、「共に漢王朝を尊び、匈奴に抗う」という文字が 刻まれています。 記録によると、莎車王万年は杰有公主の息子であったが、元のヤルカンド王には後継者がいなかったため、漢朝から後継者として派遣された。 彼は民の繁栄を願うため、この台座を建立したとされています。前漢の馮封石侯がヤルカンドと匈奴の反乱を鎮圧した後、 この地で亀茲、温宿、姑墨、ウテン、皮山などの国々と同盟を結んだため、建盟台とも呼ばれています。

喀爾蘇沙漠公園

 ヤルカンド県の東28キロメートルに位置し、喀爾蘇郷の管轄下にあります。 タクラマカン砂漠の中心部まで砂丘が広がり、独特の波状の地形を形成し、「世界最小の細粒砂」を誇ります。砂漠の奥深くでは「蜃気楼」とが観察されます。

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