シルクロードに関連する人物

シルクロードに関連する人物とその人物ゆかりの観光スポットをご紹介いたします。

武帝(BC159〜BC87年)


漢城湖公園の武帝像

前漢第七代皇帝で前漢の最盛期を作り出した皇帝です。張騫の大月氏への派遣、匈奴討伐のための衛青、の西域への派遣、武威、張掖、酒泉、敦煌に河西四郡を設置するなど、 西域経営にも非常に熱心であったことで知られています。

【ゆかりのある観光スポット】
茂陵--西安西線
・漢城湖公園--西安市街など

張騫(?〜BC114年)


張騫墓の張騫像

BC139年、武帝の命により匈奴を恨んでいるという大月氏へ向かい、匈奴を挟み撃ちにするための同盟を結ぶため長安を出発。途中、匈奴に捉えられ捕虜として10年間を過ごし、その後に脱出し大月氏に到達しました。 結局、大月氏との交渉は成立せず、BC126年に長安に帰国しました。交渉は失敗したものの彼の報告は後の西域経営に大きな功績を残したと言われています。


【ゆかりのある観光スポット】
・張騫墓--漢中城固県
・張騫博物館--漢中城固県など

衛青(?〜BC106年)

前漢の武帝に使えた武将で、姉が武帝の寵姫となったことから奴隷の身分より出世し、最終的には大将軍にまで上り詰めました。 幼少期に匈奴と境を接する北方で羊の放霍去病牧の仕事をし、匈奴の生活や文化に詳しかったことが幸いし、BC129年より7度にわたり匈奴討伐に成功しました。 温和で謙虚ま性格であったと言われています。

【ゆかりのある観光スポット】
茂陵--西安西線など

霍去病(?〜BC114年)


蘭州五泉山公園の霍去病像

衛青の甥にあたり、18歳で匈奴討伐に従軍し、その後何度もの匈奴との戦いに勝ち、BC119年には匈奴の本拠地を撃つことに成功し、衛青とともに大司馬となりました。 幼い頃から武帝に愛されていましたが、残念ながらBC106年、24歳の若さで病死してしまいました。




【ゆかりのある観光スポット】
茂陵--西安西線
五泉山公園--蘭州
西漢酒泉勝跡--酒泉など

李広利(?〜BC90年)

武帝の命を受け、汗血馬を得るため大宛(フェルガナ)に将軍として遠征しました。定職に就いていませんでしたが、武帝は寵愛している李夫人(李広利の妹)のために李広利を「弐師将軍」に封じ大宛へ向かわせました(BC104年)。 しかし、その道のりは険しく、兵士の多くを失い、敦煌まで逃げ帰りました。そのことが武帝の逆鱗に触れ、武帝は、「玉門関より中に入るようなら斬る」との命令を下しました。その後、武帝は再度汗血馬取得を命じ、BC102年、多くの援軍を得た李広利は大宛城を攻略し、漢軍の撤兵を条件に3000頭の汗血馬を獲得しました。

【ゆかりのある観光スポット】
玉門関--敦煌
漢代長城--敦煌
雷台--武威(雷台で発見された銅奔馬は汗血馬をモデルにしたと言われています。)
蘭州博物館--蘭州(雷台で発見された中国の国宝、銅奔馬が展示されています。)

班超(32〜102年)


カシュガル班超記念公園

後漢の武将で、73年仮司馬として参軍して北匈奴征討に成功しました。大将であった竇固は班超の有能さを認め、34人の部下とともに西域諸国への使者として向かわせました。 ピチャン国(楼蘭)に使者として行った時に北匈奴の使者と鉢合わせになり、有名な「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉で部下を勇気付けて、 36人で、はるかに多かった北匈奴を破りました。91年、和帝より西域都護に任ぜられました。結局西域で31年を過ごし、亀茲国など50以上の国を後漢に服属させることに成功させました。



【ゆかりのある観光スポット】
楼蘭--チャルクリク
・班超記念公園--カシュガル

甘英(生没年不明)

西域都護であった班超の部下で、班超の命により大秦国(ローマ帝国)との国交を結ぶために大使として派遣されました。安息(パルティア)を経て条支国(シリア)に至りましたが、 シルクロードの中継貿易で利益を上げていたシリアの商人は漢とローマの直接貿易を恐れ、舟でローマへ向かおうとする甘英に 「海水は広大で、往来する者は、もし良い風に会えば三ヶ月で着く。もし遅い風が吹けば2年間かかる。ゆえに海に入る者は3年分の食料を用意する。また海中には人に故郷を恋慕させるものがいて、数多くが死ぬ。」と嘘をつき、甘英のローマ行きを断念させました。 しかし、彼の旅はローマ帝国や西アジアに付いて多くの情報をもたらしました。

玄奘(602〜664年)


大雁塔の玄奘像

唐代の僧侶で629年、仏教の原点を求めて、国禁を犯し長安を出発。敦煌、高昌国、亀茲国、中央アジアを経て北インド着。ハルシャ王の厚遇を受けて、ナーランダで5年間学び、各地を巡り、多くの経典や仏像を携え645年に帰国しました。 彼の16年に及ぶ旅は【大唐西域記】に記され、インド・西域事情の重要な研究資料となっております。また、彼の旅は有名な小説「西遊記」のモデルになっています。

【ゆかりのある観光スポット】
大雁塔(慈恩寺)--西安
興教寺--西安
高昌故城--トルファン
スバシ故城--クチャ

李元昊(1003〜1048年)


李元昊の半身像

謎多き王朝と言われる西夏の初代皇帝です。皇太子時代の1028年にウイグル支配下の張掖や武威を攻略しました。タングートの族長の家系の出身。若い頃から智勇に優れ、教養も豊かな人物であった。 1032年、父の死により西平王の地位を継ぎ、1038年までにタングートの諸部族を武力によって併合したことを背景に皇帝に即位しました。 宋との戦いには幾度となく勝利を収めましたが、同時に宋との交易を断たれたことで経済的に困窮し、最終的に1044年に「夏は宋に臣従する」「宋から夏に対して絹13万・銀5万・茶2万を歳賜として送る」などの条件で和議を結び、 晩年には西夏文字の形成にも尽力し、西夏の文化向上に努めた。

【ゆかりのある観光スポット】
西夏王陵--銀川など

マルコ・ポーロ(1254〜1324年)

イタリアのヴェネチア出身の商人で1271年父と叔父とともに出発し、ホルムズ-カシュガル-ホータン-チャルクリク-敦煌などを経て、75年大都に到着し元の皇帝フビライに仕えることとなりました。 1290年、福建省の泉州より出発し、95年イタリアに帰国し、獄中で【東方見聞録】を口述しました。東方見聞録は13世紀の中国・南海について記述し、西欧人の東洋への夢をそそった作品として有名です。

【ゆかりのある観光スポット】
大仏寺--張掖など

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