シルクロード コラム 寧夏回族自治区固原を訪れる


河南省の農村の風景

はじめに

 このところ西安は雨続きである。乾燥気候に似つかわしくなくジメジメとして、洗濯物の乾きも悪い。 まるで日本にいるかのようだ。それに毎年この季節になると鼻がむず痒くなり、くしゃみをよくする。そう、花粉症の症状である。西安はこの時期になるとスギ花粉でも飛ぶのだろうか? しかしわたしの周囲でこの症状を訴える人を見ないので、詳細がわからない。 実にいまいましい。
今回の旅は西安から北へ350km、寧夏回族自治区の街「固原(グーユエン)」。 かつては「原州」と呼ばれ、シルクロードの北の交通の要衝となっていた街だ。 現在はイスラム教徒である回族が多く居住し、緑色の屋根が印象的なモスクが点在する。そして羊がうまい。
 この憂鬱な天気は中秋節に至るまで続き、西安だけでなく固原でも雨に振られた。 傘をさしてクシュンクシュンしながら中国の田舎町を歩くさえない男が、実は日本人である事に気づいた中国人はどれくらいいただろうか? いないだろうね。

2019年中秋節前日の西安駅


西安駅の雑踏

 夜8時過ぎに西安駅に到着。荷物検査の列はそれほどでなかったものの、駅構内に入るとやはり乗車待ちの人々で溢れている。 出稼ぎ労働と思しきおじさんやおばさんは通路に置いた風呂敷包みの上に座って談笑している。帰省する若者たちは耳にイヤホンをつけスマートフォンの画面に集中している。 西安駅も少しずつ変化しており、1階の北西のスペースに(以前は何があったっけ?)カフェラウンジができ、いま風の椅子やテーブルが設えられており、何か注文しないとそこで休むことはできない。 1階中央にあった昔ながらの売店はコンビニに様変わりし、2階の中央階段を取り巻くように配置されていたお土産売り場も全てカップラーメンや飲料、果物しか取り扱わなくなった。 売れるものしか置かないようにしたことは分かるが、何となく寂しい。
 わたしは2階の西側に10元を払えば入場できるラウンジ(と言っても金属製のベンチがあるだけ)の前では10分ほど悩み、結局入るのはやめにして9時出発の列車の改札口前に並んだ。 列車は夜9時過ぎに定刻より少し遅れて西安を出発した。 寝台車は10時には消灯されるので就寝の準備をする。寝台車には必ず洗面所が用意されており、歯を磨いたり顔を洗ったりできる。 寝支度をしていると車掌が切符を回収しに来た。切符を渡すと引き換えにカードをくれる。 降車駅に近づくと夜中でも知らせに来てくれ、その時カードと切符を交換するのだ。 22時になり、車両の灯りが消された。 ガタンゴトンという規則的な音だけが車内に響き、寝台列車は夜の闇に消えて行く、、、という感じでもなく、しばらくの間は電話で話す声やスマホから流れる音楽や動画の音で騒がしい。

朝5時の固原駅


朝の固原駅

 朝5時に固原に到着予定なのに車掌が4時過ぎに起こしに来た。 ありがたいがもう少し寝かせてくれ!
固原駅は西安駅よりもはるかにこじんまりとしていて、田舎の駅といった趣き。 辺りはまだ暗く、夜が明けるにはもう少し時間がかかりそうだ。駅前にはしばらくタクシーが列をなしていたがやがてそれも途切れた。
 西安も雨続きとはいえ半袖で一日過ごせていたが、やはり北に350キロも来ると肌寒い。 周りの人たちもしっかり上着を着ている。大げさかなと思って持ってきたナイロンのジャンパーは大正解であった。
 駅前に何軒かある賓館(ビングァン・旅館)を訪ねた。 4軒目にようやく賓館、というか招待所(ジャオダイスオ)?昔でいう木賃宿といったところか?のひと部屋に通され、数時間の休憩をとった。

固原バスターミナル前


牛肉麺 温かさが身にしみる

 汚い部屋でしかも空調もない部屋で寒くて大して眠れなかったが、横になれただけでも十分だ。8時になり外に出ると外はすっかり明るい。 駅前に停まっていたタクシーの運ちゃんに声をかけられ、「三営」まで行きたいのだと言うと、三営までは行けないがバスターミナルまでなら行くがどうか、というので乗った。 訛りが強くほとんど何を言っているかわからなかった。
 バスターミナルのかなり手前の道で停車し、「あそこに何人か立っている場所で待っていればバスが来るよ」と教えてくれ、タクシーは去った。 わたしは近くに見えた牛肉麺店で拉麺をすすってからその場所で他の人たちと一緒にバスを待った。。


三営鎮


三営鎮の市場

 固原の街から三営鎮までは北に車で30分ほどの道のり。回族の人たちの姿が多い。 男性はつばのない白い帽子をかぶり、女性はスカーフを巻いた格好が多い。 バスから地元の市場が見えた。けっこう大きい。帰る前に寄っておきたいスポットだ。
 バスが停車した十字路は活気はないが一応三営鎮のメインターミナルのような場所らしい。 その十字路を西に行けば今回の旅のお目当てである「須弥山石窟」に行ける。十字路でどうしようかなとボケッと突っ立っていると、おじさんが「どこに行くんだ?」と話しかけてきた。 気が付かなかったが、十字路の一角に白タクの運ちゃんらしきおじさんたちがたむろしているのが見えた。
 須弥山に行きたい、と言うと、おじさんはちょっと考えて、いいよと言った。 金額を確認し交渉成立。身なりは粗末だが(失礼)、けっこう高そうな車に乗っている。おじさんはけっこう話好きな回族の人で、道すがら色々な事を話した。旅の醍醐味のひとつだ。

須弥山石窟


須弥山石窟の大仏

須弥山石窟からの眺め

 三営鎮から車で西に30分ほどで須弥山石窟風景区に到着。 ここは国家4級観光地に指定されていて、石窟だけでなく山全体をアウトドア気分で歩けるように山道や桟橋など散策ルートはもとより、駐車場やチケット売場もよく整備されている。 入場料を取る以上、熱心な仏教徒や偏屈な歴史マニアだけを相手にしていてはいけないのである。しかし見た感じ客の姿はまばらだ。 わたしはおじさんに1時間くらいで戻るよと言って中に入った。
 須弥山石窟は北魏の時代に開窟され、以降西魏、北周、隋、唐と王朝が変わっても造営が続けられた。 中国十大石窟のひとつに数えられる。
 須弥山石窟でひときわ目を引くのが高さ20.6メートルの大仏だ。切り立った山の斜面に掘られた大仏を対面の山から一望すると胸が熱くなる。 この辺の山はみな赤土で、触るとわかるが大変もろく、とても大仏や壁画を掘るに適切でないが、大仏や石窟の掘られた山は他と違い硬い材質の土のようだ。 昔の人もよく下調べをしたうえでどこに掘るか決めていたことがわかる。
 景区内には博物館もあり、須弥山石窟の紹介、シルクロードと石窟の関連、中国の他の著名な石窟を紹介している。 周辺の遺跡からの出土品もイミテーションでなく本物を展示していて見応えがあり、足を運ぶ価値があるだろう。

牛肉のスープ


炒烩肉

 三営鎮に戻り白タクのおじさんと別れて食事。回族の食堂に入り、「炒烩肉」と書いたメニューと麺を頼んだ。 すると大きな肉がゴロゴロ入ったスープとキャベツの漬物と平打麺が運ばれてきた。肉は牛肉だ。スープはあっさりといているがしっかりとダシが取られている。 始めに肉をほおばり咀嚼しながら、スープを麺にかけていく。口の中の肉が無くなったころに麺をすする。うまい。
 食後、腹ごなしに三営鎮の市場をぶらぶらする。 さすが回族の地域だけあり市場の品物も普通の中国の市場と一風異なる。肉の臓物を売る店は豚肉を扱わないために牛と羊のものだろう。下ろしたての状態で売っているので迫力がある。 掘っ立て小屋で売っている肉まんは羊のものだろう。先ほど牛肉スープをお腹いっぱいに食べなければよかったな。

固原の街を歩く


固原の街並み

 固原の街に戻り、宿にチェックインした後、街を散策。 固原市は「市」だけあり、道路や区画などよく整備され、街の規模は西安とは比べ物にならないほど小さいものの、落ち着きがあり、親しみが持てる。 仕事さえ確保できれば固原のような静かな街に住むのも悪くない。




手抓羊肉


手抓羊肉

 固原のような街に住んでもよいと言った理由はもうひとつ。 羊である。西安にも泡?(パオモ)など羊を扱った料理はあるが、回族の多く住む甘粛省やここ寧夏回族自治区の方がそのバリエーションは豊かだ。 羊肉の扱いには一日の長があるのだ。
 宿の受付のお姉さんに教えてもらった「永禄羊羔肉」で手抓羊肉(ショウジュアヤンロウ)をいただこう。 色々な調味料と一緒に羊を骨ごと茹でたものだが、わたしはこれまで食べた羊料理の中でこの手抓羊肉が一番好きだ。 プリッとした骨付き肉に、お好みで胡椒や粉末唐辛子をつけていただく。付け合せに玉ねぎのスライスを食べるとよいアクセントとなる。

汆面


汆面

 羊を食べた後街を少しぶらつき、宿に戻る前にシメとして麺を食べることにした。 西安ではみかけない「汆面(ツアン麺)」と書かれた店を見かけたので入ってみることに。 トマト、ネギ、青菜や肉団子の入ったスープに正方形の形をした麺が入っている。少し酸味のあるスープはよく体が温まりそうで、寒いこの地方では親しまれるだろう。 四角い麺も量が多く腹持ちがよいだろう。
 時間はもう9時過ぎ。明朝早くに西安に戻る予定。そろそろ宿に戻って休むことにしよう。
(終わり)


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